映画「脳内ポイズンベリー」
結論から言うと、非常におもしろかった。
まず、櫻井いちこ(真木よう子)の「脳内」たちのキャストが秀逸すぎる。
「ポジティブ」は神木隆之介くん。
いちこが惚れた早乙女(古川雄輝)の反応に対し、無邪気に「これ脈あるよ!」とか言ってる姿がただ可愛い。
もちろんその可愛い無邪気さは神木くんのルックスによるものだけではなく、演技力によるものでもある。
「ネガティブ」は吉田羊さん。
ポジティブ神木(役名は石橋という普通の名前がなぜかある)が「これ脈あるよ!」と言えば「そんなワケないでしょう!?」と全力で否定する。
「どこに住んでるか聞こう」
ネガティブ「ストーカーとでも思われたいわけ?」
「でも何か話さないと」
ネガティブ「もう終わりなのよ、帰ろう、帰ろう!」
「せめて連絡先だけでも教えておけば」
ネガティブ「そういうのは男の方から聞くもんよ!聞かれないってことは興味がないってことよ!」
多分いろいろ間違ってるけど、だいたいこんな感じ。
ポジティブと桜田ひよりちゃん演じる「衝動」が恋愛にイケイケドンドンなのに対し、ネガティブは「そんなにうまくいくはずがない」ととことん否定し、行動を阻止し、逃げようとする。
これまた吉田羊さんはホントに適役だと思った。
ちなみにネガティブの名前は「池田」。
桜田ひよりちゃんが演じる「衝動」はまさに気持ちの一番正直な部分。
早乙女が現れれば「サオトメ、好きぃ~!」と嬉しそうに叫び、ネガティブが帰ろうと言えば「帰りたくなぁいー!!」と駄々をこねる。
その素直さがとても可愛い。
調べたら桜田ひよりちゃん、まだ12歳!
素晴らしい演技力だった。
衝動の名前は「ハトコ」。
「脳内会議」の議長を務める「理性」は西島秀俊さん。
名前は「吉田」。
できるだけ客観的に正しいと思われる判断をくだそうとしている。
全員の意見に耳を傾け、多数決で方向性を決めようとするがうまくいかないことも多々。
浅野和之さん演じる「記憶」は「脳内会議」の書記。
名前は「岸」。
ひたすら起こったことを記録しており、「理性」に意見を求められることもあるが、彼の仕事はあくまで記録(記憶)。
過去の出来事を分析はするが、基本的に意見は持たない。
*
映画を観始めて、最初の方に抱いた正直な感想はちょっとモヤっとしたものだった。
「脳内会議」のシーンはおもしろい。
ネガティブの言動に「わかる、わかる!」と頷き、ネガティブVSポジティブ・衝動との争いにたくさん笑った。
いちこが発する言葉となる「マイク」を使う権限は、基本議長である理性が持っているようだが、たびたびマイクを奪おうとする衝動やポジティブやネガティブにも笑った。
だけど、現実世界のいちこのお話はなんだか今ひとつ気分がのらない。
その原因は「いちこの想いが意外にあっさりと通じる」からだ。
もちろん、その「あっさり想いが通じる」までに脳内で散々葛藤はしてるのだけど、それでも早乙女に想いが通じるまでにほとんど苦難はない。
あっという間に恋人同士となり、喧嘩やすれ違いがありながらも、早乙女のいちこに対する想いは確かなものだ。
早乙女はとても積極的でもあるので、いちこがウジウジしてても彼から「答え」を聞きに来てくれる。
その早乙女とは別に、いちこの仕事のパートナーである編集者の越智もまた、いちこに想いを寄せている。
彼はいちこがときめくようなイケメンではないものの、仕事は安定しているし、真面目で優しく穏やかだ。
いちこの仕事は素人として書いた携帯小説が人気になった作家で、本が出版されたり次回作の話が出たりと仕事もまた順調だ。
「結局、30歳の美人が年下のイケメンと、仕事のできる優しい男二人に惚れられて、ついでに仕事も超順調で幸せになりました的なお話ですか、あーはいはい」
ひねくれたオバさんの僻みと捉えられてもしょうがないけど、正直そんな感情がどこかにあった。
脳内であれこれ悩んでいると言ったって、結局彼女はほっといてもモテるし、ちゃんと愛している人から愛されているじゃないかと。
もちろん結果的にはいちこに幸せになってほしいと思いながら観ているのだけど、それは葛藤しながらも幸せを掴む姿を観たいのであって、最初からモテて仕事も順調な人を観せられてもそんなものに無縁な私は「いいですねー」という乾いた感情しか起こらない。
だけど、途中からそのモヤっとした気持ちは変わっていった。
いちこが惚れた年下の男、早乙女の一挙手一投足に、いちこの脳内はああでもない、こうでもないといつも大騒ぎしている。
ポジティブとネガティブの意見はいつも対立し、衝動が時に暴走し、理性がみんなをまとめようとするのだけど、なかなかうまくいかず。
思わず本音が出たり、本音を我慢したり、その反応を伺ってまた脳内は大騒ぎになる。
最初はその脳内会議のわちゃわちゃ感が楽しいのだけれど、いつからかなんだかとても切ない思いになっていった。
対立しながらも、どの役割も「いちこの幸せ」を願っているという点で目的は同じ。
幸せになりたくて、前向きに幸せを掴もうとしたり(ポジティブ)、気持ちに素直になったり(衝動)、傷付きたくなくて逃げたり(ネガティブ)。
どれが幸せになる最適の手段なのか冷静に客観的に判断(理性)しようともがくのも、過去のトラウマを封印しつつも抱えている(記憶)のもまた、自分を守るための手段。
恋愛をしている人ならばきっと誰でも同じようなことが脳内で起こっていて、と言うか恋愛に限らずどんな出来事に対してでもこんな「会議」がすべての人の頭の中で繰り広げられていて、人は最善の道を選ぼうと頭を悩ませているのだろう。
それでも一生懸命考えて出した結論なのにうまくいかないこともたくさんある。
いちこもまた、恋人であっても早乙女が好きだからこそ悩み、苦しみ、本当の気持ちを言えずにいたりする。
決してモテて仕事も順調でハッピーです、というお話ではない。
この映画は「櫻井いちこ」のお話だけど、同時にすべての人のお話でもあると私は思う。
幸せになりたくて必死で考え、行動し、それでもその選択が正しかったとは限らないけど、やっぱり幸せになりたくてまた悩んで選ぶのだ。
「美人でモテて仕事も順調でいいわねー」と乾いた気持ちを抱きかけていた私も、最後はすっかり「ブルーレイ買おうかな」と思うほど好きな映画だった。